バリアフリー社会の推進に賛同するピクニック公式サポーターをご紹介!
第2弾は、日本人初のプロの車いすアスリートとして活躍中の廣道純さんです。
廣道純さんは、17歳で車椅子陸上競技の世界に飛び込み、当時の車いすマラソン世界記録保持者ジム・クナーブ氏の元へ弟子入りを志願。ジム・クナーブ氏の元にホームステイしてレース前のメンタルトレーニングや勝ち方、練習方法など多くの事を学んだそうです。
本名: 廣道 純
生年月日: 1973/12/21
出身地: 大阪府堺市
その後94年のボストンマラソンを皮切りに世界各国のレースに出場し、数々の記録を打ち出し、今や名実ともに世界の車いすトップアスリートの一人になられました。現在、世界各国で年間25~30回のレースに出場し、また、選手育成や車いすレース普及の為、大会運営にも積極的に取り組み、健常者マラソンと車いすレースの融合できる大会を目指し活動されています。09年11月には第一子のお子さんも誕生されるそうです!!
ピクニックでは、廣道純さんの今後のご活躍と日本の障がい者スポーツの発展を心から応援しています。また、様々な試練を乗り越え現在社会で活躍されている方々を応援します!
ハンデを持ちながら社会で活躍する方々をもっと世の中の人たちに知ってもらい、障がいをお持ちの方々や、健常者の方々に少しでも勇気や希望を与えることに寄与していきたいと願っています。
くれぐれもお体には気を付けて頑張ってください。
ピクニック代表 岩永修三
廣道純さんからピクニック読者の方へメッセージを頂きました!
ピクニックをご覧の皆様、こんにちは。
プロ車いすアスリートの廣道純です。私は車いす陸上競技(中、長距離)の選手です。15歳(高校1年)の時にバイクで事故を起こし脊髄を損傷し、胸椎6番以下の完全麻痺で車いす生活をしています。
ただ、今まで35年の人生で、車いすになった事で後悔したり、落ち込んだりした事は一度もありません。おそらく世間一般的には珍しいタイプかなと思いますが、事故にあったり、病気になったりして、障害者になる人は少なからず始めは落ち込んで、そこから徐々に這い上がるという人の方が多いし、自然だとも思っています。
しかし、私の場合は「事故を起こしたのに死なずに済んだ。生きている!」というところからスタートした訳です。自分の中では、歩く事や健常者として生きる事の重要性よりも、死ななかったという事の方が遥かに大きかったという事です。別に落ち込んだり悩んだりする事を否定するつもりはありませんが、折角、助かったのなら1日でも早く元通りの楽しい人生を取り戻そうと考え、行動した方が得と思えたのです。もともと得意だったスポーツをするチャンスに恵まれ車いすレースに出場するようになり、3度(シドニー、アテネ、北京)のパラリンピックに出場し、銀、銅メダルを獲得する事が出来ました。夢を持つ事が出来、それに向かって誰にも負けない努力が出来たのも、すべて生きていたからだと思っています。
私はこれからも夢に向かって走り続けようと思ってます。
1度しかない貴重な命を思う存分楽しむためにも。生きてさえいれば、いくらでもチャンスは巡って来ます。そのチャンスを生かすかは自分次第なのです。2012年ロンドンでの金メダル獲得に向けて頑張りますので、皆さんも夢に向かって突き進んで行きましょう!!
車いすアスリート廣道 純。
廣道純さんオフィシャルHP


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